Let’s start with calamari
熊本大学発生医学研究所 教授・所長 西中村 隆一
Ryuichi
Nishinakamura, Kumamoto University, Japan
初めて東大医科研の新井賢一先生を訪ねたのは1990年末でした。真冬にも関わらず半袖短パンの人物が「今日は暑いですな」と言いながら現れて、3時間しゃべり続け、それが終わる頃には私は新井研に入ることになっていました。
新井先生との接点が増えたのは、医科研にいるときよりも、むしろ1993年から2年間DNAX研究所に留学させてもらった時でした。新井先生はDNAXに来るたびに我々若手をSundanceというステーキレストランに連れ出し、散々ご馳走してくれました。最初は必ず ”Let’s start with calamari.” イカリングのフライです。それからShrimp cocktailなど色々頼んで結構お腹が膨れてきたところで、Prime rib
steak。私が普通サイズを注文していると、横から「一番大きいやつにしてくれ」と勝手に変えてしまい、「若いんだからこれくらい食べんといかん」。サイエンスの話はほとんどした記憶がなく、楽しい日々でした。
帰国して、東大医科研のAMGEN寄付講座(新井先生が設立に尽力)に加入。サイトカインから離れて腎臓の研究を始めました。ノックアウトマウスで腎臓発生を解き明かして、それをもとに腎臓を作ってみたいと伝えると、「それは面白い、ノックアウトではなくて作るというのがよい。是非やれ」と励ましてもらいました。しかし、カエルとマウスを使って腎臓発生に関わる遺伝子を3年間必死に探したものの、全くうまくいかない。あきらめてサイトカイン研究に戻ろうかと思って相談すると、「おまえは腎臓の発生をやるんじゃなかったのか。他人の芝生が青いからといってそっちにひょろひょろいくのか。」と叱られました。「他人のフェロモンに引き寄せられてよそへ行ってしまうのではなくて、ここできちんとデータを出して、自分のフェロモンを出して、他人を自分のところに引き寄せられるようになれ。お前はそうなれるはずだ。」この最後の「お前はそうなれるはずだ」というところが新井先生の人たらしなところで、そんな無茶なと思いながらまた踏ん張ってしまうんですよね。その甲斐あって、新しい遺伝子がとれて腎臓のないマウスができ、その知見をもとに、腎臓組織をヒトiPS細胞から作ることができるようになってきました。ここまで20年以上かかりましたが、もう少し頑張れば腎臓を丸ごと作れそうな気がしています。今の自分があるのはあの時の新井先生の一喝のおかげです。先生にはとてもかないませんが、自分も少しはフェロモンを出せているでしょうか。もう一度あの頃に戻ってcalamariとprime rib steakを一緒に食べながら、そういう話をしてみたいです。Let’s start with calamari.