2013年12月14日土曜日

3次元腎臓組織の試験管内作成に成功しました

2013.12.12 (日本時間12.13) Cell Stem Cellに論文を発表しました。概略は発生研HPのNew Pressをご覧ください。簡単にいうと、マウスESとヒトiPSから糸球体と尿細管からなる3次元の腎臓構造を試験管内で作成したということです。私はこれを達成するために研究者の道に進んだので感無量です。カエルでは試験管内で腎臓(前腎)がアクチビンとレチノイン酸で作れることを20年前に浅島誠先生が発表しました。これを哺乳類で実現して腎不全の患者さんを助けたいと思い、1996年大学院卒業が確定した2月に、浅島先生と共同研究を始めました。とは言っても当時は、腎臓を作れるわけがない、腎臓発生研究はscienceなのですか、などと批判され、参加する学会もなく、砂漠を歩くような日々の連続でした。それでもカエルとマウスを使ってSall1など新たな遺伝子をみつけることによって (2001年)少しずつ腎臓発生のメカニズムを明らかにしていきました。そして2006年、Sall1を発現する細胞群がネフロンの前駆細胞であることを提唱しました。他のグループによっても証明され、糸球体や尿細管をつくるSall1/Six2陽性のネフロン前駆細胞が存在することが確立しました。
ではこのネフロン前駆細胞を作るにはどうしたらよいか?Sall1の上流にあって、ネフロン前駆細胞の起源と思われていた中間中胚葉に発現するOsr1のGFPノックインマウスを2007年に作成し、さらに遡ろうとしましたが難航していました。そこに太口君が大学院生として入ってきました(2009年)。彼にこのテーマを託したものの、最初の数年はやはりうまくいかず、ラボ内にはこんな不確実な実験を継続することに批判もありました。しかし太口君の実験は結構いい線をついていると感じていて、やりたいようにやってもらいました。ネフロン前駆細胞ができる1日前 のOsr1陽性の細胞から誘導できる条件をみつけたのが最初の成功でした。しかし、さらに1日前 からの誘導がどうしてもうまくいかない。ここまでかと思い始めた頃、Osr1陰性の方からうまくいくことがあると太口君が言ってきました。ネフロン前駆細胞の起源は実は中間中胚葉ではないのではないか?Osr1陰性の部分には下半身を作る体軸幹細胞が含まれています。ではこの細胞をラベルしたら本当に腎臓になるのかを確認したい。それができる遺伝子改変マウス(T-GFPCreER) はどこにいるのか?同じ研究所の佐々木教授に尋ねてみたところ偶然彼が作ってもっていました。それもマウス棟の同じ階にいた!これを直ちにいただいて太口君が試したところ、確かにT陽性の細胞がネフロン前駆細胞の起源であることがわかりました。そこでこの細胞からネフロン前駆細胞を試験管内で誘導できる条件を探しました。ここも太口君の健闘で、発生機序に沿った条件が確定し、2012.3 ついにネフロン前駆細胞が誘導できました。つまりT陽性の体軸幹細胞様細胞が途中でOsr1陽性に変わり、さらにネフロン前駆細胞ができるわけだったのです。これが大きなbreakthroughでした。
ここまでできれば、理論的にはES細胞からT陽性細胞を経由してネフロン前駆細胞ができるはずです。太口君は結構自信ありげでしたが、経験を積んでいる私はそれがそう簡単ではないことを知っています。実際彼は相当苦心しましたが、2012.9.7にESから作ったネフロン前駆細胞から糸球体と尿細管ができていることがわかりました。これを顕微鏡で確認したときには、私はさすがに感極まってしまいました。自分が一生かけても達成できないかもしれないと思っていた夢が現実になった瞬間でした。涙ぐんで彼に何度も「ありがとう」と繰り返しました。
ここで論文を投稿したのですが、世の中は甘くない。ヒトでもやらないと駄目ということでした。マウスでできたからといってヒトですぐできるわけではありません。もしかしたらまた数年かかるかもしれない。とはいえこれを見越して、大学院生のSazia と賀来君とで、ヒトiPSの培養系は一通り立ち上がっていました。太口君にもiPS細胞培養法を伝授し、同じプロトコールを試してもらったところ、わずか2ヶ月ほどでヒトでも糸球体と尿細管の誘導条件を決定してくれました。腎臓の発生過程はマウスとヒトとで驚くほど似ていたわけです。
今回の太口君の快挙の秘訣は、発生機序を十分に理解して論理的に条件を設定した上で、それでも予測範囲外のことまで試したことだと思います。Osr1陽性だけではなく捨てるはずの陰性細胞を試したこと。普通使う試薬濃度の10倍を試してそれが正解だったこと。知識と経験を積むにつれて絞り込み方がうまくなるものですが、それでも自分の考えを越える可能性を愚直に試す努力を怠らないこと。「研究者は頭がよくなくてはならない。と同時に頭が悪くなくてはならない」と寺田寅彦が言ったといわれますが、このことを指しているのでしょう。
今回の成果は私が20年間追い求めていたものです。患者さん達の人生を背負って生きてきたつもりなので、本当に感無量です。しかし現時点では大きさも成熟度もまだまだです。それには、もう一つの腎臓構成要素である尿管芽をつくって、ネフロン前駆細胞と組み合わせ、本当の3次元の腎臓を作らねばなりません。さらにそこに血管を通して尿を作らせ、機能を持たせる必要があります。これにはまだまだ長い時間がかかるでしょうが、試験管内での腎臓作成という私の夢は、夢物語ではなく達成可能な「目標」になったのだと思っています。一日でも早くこの「目標」を達成したいものです。患者さんは一日千秋の思いでその日を待っています。みんなありがとう!そしてこれからも頑張りましょう。