2022年3月2日水曜日

私の苦労話 Part 4: 完全にES細胞由来の腎臓高次構造を構築 (2022.2.1)

 2022.2.1にNat Communに論文を発表し、その裏話を発生研HPに掲載しました。

http://www.imeg.kumamoto-u.ac.jp/bunya_top/kidney_development/#1

遅くなりましたが、その転載です。

西中村教授の苦労話 Part 4: 完全にES細胞由来の腎臓高次構造を構築 (2022.2.1)

 

 2022年2月1日 Nature Communications誌に論文を発表しました。腎臓はネフロン前駆細胞、尿管芽、間質前駆細胞という3つの前駆細胞から形成されます。私たちは2014年にネフロン前駆細胞の、2017年に尿管芽の誘導法を報告してきました が、今回は最後のピースである間質前駆細胞を誘導したという論文です。2017年の論文では、間質前駆細胞が誘導できていなかったのでマウス胎仔由来の間質前駆細胞で代用していました。今回は、それをマウスES細胞から誘導する方法を開発し、同じくES細胞から誘導した残り二つの前駆細胞(ネフロン前駆細胞及び尿管芽)と組み合わせることで、ES細胞のみから、多数に分岐した尿管芽の周囲にネフロンが配置された腎臓本来の高次構造を再構築したものです。これほど複雑な臓器の構造が試験管内で作れるということは、理論的にはヒトでも同様の構造が作れることになります。

 このプロジェクトは2017年に、田中さんが大学院に入学した頃に始動しました。尿管芽の誘導法を開発して論文にまとめつつあった太口さんによる猛特訓が始まりました。発生初期のマウスを解剖してFACSし、それを培養して間質前駆細胞に誘導できているかを確認するという初心者には極めてハードルの高い実験です。しかも太口さんは数ヶ月後に留学するということで、それまでの独り立ちを目指しての短期集中特訓となりました。田中さんはこれによく耐えて成長し、その後も毎回10匹近いマウスを交配して実験を繰り返し、マウス胎仔からの誘導条件を決めてくれました。

 この際に重要な役割を果たしたのが、間質前駆細胞やその起源である後方中間中胚葉での遺伝子発現です。これが当時ほとんどわかっていなかったため、シングルセルRNA シークエンスを立ち上げました。発生研としても初めての挑戦だったのでわからないことだらけでしたが、田中さんと谷川さんの尽力でとても質の良いデータが得られました。この膨大なデータをバイオインフォーマティクスを駆使して解析する必要があるわけですが、そんなことを全くやったことがない小林さんと三池さんがみるみるうちにマスターしてくれました。本人たちも驚いていましたが、こういったドライの研究に向いた才能を元々持っていたことになります。彼らが初心者の私でもわかるくらいにデータを処理してくれました。

 これらを基にして、谷川さんがES細胞からの誘導に挑戦しました。間質前駆細胞の難しさは、それだけでは特徴的な形態をとらないことです。結局3つの前駆細胞を混ぜてみて腎臓の高次構造ができるかで判定するしかありません。しかも誘導した3つのうちどれかの調子が悪いと決してうまくいきません。谷川さんはひたすら誘導を繰り返し、田中さんや大森さん、井上さんと協力しながら誘導条件を最適化してくれました。そうしてようやくES細胞だけから構成される腎臓の高次構造が実現できたわけです。しかも谷川さんと大森さんはさらにマウスへの移植を繰り返して、どこまで成熟するかをシングルセルRNA シークエンスで調べたわけです(三池さんがここでも活躍)。

 このように、今回の論文は5年かけて全員で成し遂げた力作です。関わった全ての皆様に深く感謝いたします。ちなみにこの論文は田中さんの学位論文にもなります。Nature Communicationsのeditorから、”Wow, what a great project to finish a PhD with!” というメールをもらったことは嬉しいエピソードです。

 今後はヒトiPS細胞から間質前駆細胞を誘導します。あと2つの前駆細胞は既にできている(苦労話 Part 2&3参照)ので、3つ目を誘導してヒトで腎臓の高次構造を作ります。さらに尿管という尿の排出路を作れば、機能するヒト腎臓がすぐそこです。自分の結婚式の時に「新郎は腎臓を作ろうなどという冗談みたいなことを考えています」という祝辞をいただき、場内が笑いに包まれた時から長い年月がたちましたが、ここまで来ることができました。私がラボメンバーの結婚式で「新郎(新婦)は腎臓を作ろうとしています」と祝辞を述べても笑う人はもういません。みんなありがとう。もう一息です。