2026.10.2にNature Communicationsに論文を発表し、その裏話を発生研HPに書きました。その転載です。
https://www.imeg.kumamoto-u.ac.jp/bunya_top/kidney_development/#1
西中村教授の苦労話 Part 5 : 塩が腎臓を成熟させる(2026. 10. 2)
2026年10月2日 Nature Communications誌に論文を発表しました。私たちはこれまで3種類の腎臓オルガノイドの作製法を報告してきましたが、これらは妊娠初・中期相当と未熟です。これを成熟させることがこの研究領域の課題だったわけですが、今回予想外に塩が腎臓を成熟させることを見つけました。生まれたばかりの新生児は尿を十分に濃縮できず、脱水しやすいことが知られています。しかし成長するにつれて、腎臓の中心部分にある髄質が成熟してそこに塩を貯められるようになり、それを使って尿を濃縮できるようになります。では髄質はどうやって成熟するのか? 私は塩が逆に成熟を促すのではないかと考えました。これは共同研究者の泉先生のお仕事を拝見して思いついた仮説ですが、単に腎臓を高濃度の食塩水に入れるだけだと浸透圧でキュッと縮んでしまうだろうと予想されます。リスクの高いプロジェクトですが井上大輔さんが面白そうですね、やってみましょうと言ってくれました。彼は東大医学部を卒業して3年間臨床医をやった後、私のラボに参加してくれた極めて優秀な大学院生です。
まずはマウス胎児腎臓から髄質集合管を単離して高い塩に晒す。もちろん急に濃度の高い食塩水に入れるとダメなので、時間をかけて徐々に増やしていく。そうすると通常の3倍もの高濃度でも髄質集合管が生存し、成熟していくことがわかりました。形だけでなく遺伝子発現も機能も。ヤバいプロジェクトのはずがこれは当たりだと井上さんも私も思いました。これをヒトの腎臓オルガノイド(尿管芽・集合管オルガノイド)に応用します。オルガノイドはかなり脆いので複雑な条件検討が必要でしたが、ここも井上さんが頑張って最適化に成功。髄質の集合管は上述の通り水を再吸収するのが主な役割で、それが障害された病気が腎性尿崩症です。そこで患者さんと同じ変異を入れたオルガノイドを作って塩に浸してみると、症状の一部がちゃんと再現されました。
これは面白いということで論文を投稿したのですが、大変な目に遭いました。複数の雑誌をトライし、かなり有名なトップジャーナルに興味を持ってもらって2回のリバイスを行い、完璧に答えたのですが、査読者の一人がそれでも納得せず、無念の却下。最初の投稿から2年かかっての結果だったので、井上さんも私もとてもがっかりしました。井上さんは大学院を留年してまでこの論文に賭けていたので落胆は大きかったです。予想外のコンセプトはなかなか受け入れられないということでしょう。それでもNature Communicationsがそのまま修正なしで採択してくれてようやく世に出すことができました。ですから今回のお話は私ではなく井上さんの苦労話といえます。苦労はとても大きかったですが、この論文は高く評価されるでしょう。井上さんが10年後に立派な研究者になって、あの時はキツかったよと笑いながら学生に自慢する日が来ることを願っています。実際井上さんは既にニューヨークのロックフェラー大学で新たな研究に挑んでいます。彼の部屋はマンハッタンのど真ん中にあって摩天楼の見晴らしが最高だそうで、私もいつか訪ねてみたいです。井上さん、一緒にやれて本当に楽しかったです。ありがとう。
彼の成長を期待しつつ、こちらではこの塩プロジェクトを発展させる計画です。患者さんからiPS細胞を作って薬を探す、完全な腎臓オルガノイドを作って成熟させる、等々やることがたくさんあります。この論文の共同著者である谷川さんもこの4月に山口大学教授として栄転しました。井上さんや谷川さん、腎臓オルガノイドを最初に作った太口さん(千葉大学)達が協力してこれからも成果を出してくれるでしょう。私も腎臓発生研究を始めて今年で30年になりますが、まだまだ頑張ります。移植可能な腎臓を必ず作りましょう。

